pampahumide’s diary

ぼうっとしてる時に思うこと

うちら分断され続けてる.....

自分の町だけだろうか?

 

ある日突然、棚の商品がごっそりなくなる。すれ違う人が、それを山のように買いためて運んでいく姿を見て、商店に来てみるともう何もない。慌てて他の店にも行くけれど時遅く、あと5日もすれば、家族がこれなしでやっていかなくてはいけないと思い知る。

 

ある時はトイレットペーパー、それは不可欠だというのはわからないでもない。でもたとえそれがラップでも、同じくらいのインパクトをわたしたちの日常に投げかける。落ち着いて考えれば排便後の手立てはたくさんあるのに、あの町この町と探し歩いた人は少なくないはずだ。私自身トイレットペーパー6個入りを三つ抱えて、ヨロヨロと歩いていくお年寄りの背中を見て、言うに言えない複雑な感情を味わった。それは同情だけでは決してない。

 

3・11から私たちの世界は分断されたままだ。地震はしかたない。でもいまだに原発は方向が見えず、何より長いこと騙されてきたのは明白だし、ことが大きすぎて責任は持って行きどころが見えない。

 

買い物はほんの例だ。あれからずっといろいろな岸に立っている気がする。被災者とまだ被災していないもの。氷河期を食らったものとそうでないもの。男と女。マジョリティとマイノリティ。

勝ち組負け組とか自己責任とかそういう言葉に蝕まれ尽くしたままだと思う。陰謀論を笑うのは簡単だけれど、それだけこの世界が薄氷の上にあると感じている人がいるということだと思う。

 

若い人はかわいそうよね、という老人がたくさんいるけれど、そこで終わっちゃいけないんだと思うんだよ。自分に何ができるのかわからなくても、この異和感は大切にしたいと思う。

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男女の経済的不平等について

母はもと教育者でございました。

 

この「もと」が厄介なんですよ。

 

母は私の教育にかなーりー野望があった。なんたって私の受験勉強の時は、隣室で写経してた。わかります?

それは母の人生に対する失意の裏返しだったと思う。

 

父は凡庸な昭和のオッサンだったから、嫁の貰い手がなくなると言って母を止めた。

オマエと結婚する男は大変だなあとか、歩いてる父の側を通ったら、オレを追い抜く女はオマエぐらいだとか言ってた。

 

私は自分の教育じゃなくて、自分自身に野望があったから、何言ってんだと思ってた。すきあらば父親なんか殺す気まんまんだった。24時間親父に怒ってた。不条理なことしか言わないから。オレのいうことを聞けないならこの家から出ていけとかね。

 

私の心はでっかいバイクに乗ってアメリカのハイウェイをイージーライダーしてた。心はね。実態は、高校生になっても、一人で映画に行っちゃダメだった。

 

いつでも自由になってやる!って思って、そのための金を稼げるよう頑張った。希望は経済しかなかった。

 

ガンガン勉強した。殺気立ってた。男子を追い抜くことだけ考えてた。それはみんな昭和の話。令和は違うと思うんだよ。違ってほしい。

 

頼むから性別がなんであっても同じ仕事をしたら同じ金を払ってくれ。

 

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和むものを足しておくね

 

流砂

子供の時から死ぬのがものすごく怖かった。

 

怖くないですか?その先がどうなってるのかわからない。そこはどうやってもコントロールできない。ラジオでもポッドキャストでもいいんだけど、そこまでにぎやかにやっているのに、終わると突然、無音の世界が来るでしょう?にぎやかな世界から突然、切り離されて、ひとりきりで、ああいう無が、自分のこの日常の先に待っていると思うと、心底怖かった。

 

正確には、その一瞬のひとりぼっちの後悔が怖い。絶対に何かしら後悔する気がしていた。

 

ヘニング・マンケルが大好きなんだけど、ものすごく売れてるミステリ作家だと思っていたら、亡くなる前に、流砂という本を出した。それは人類の過ごしてきた時間についての、長い長い本で、面白かったけれどよくわからないで読んでいた。なぜこんなものを書いたのか...

 

で 
その後、自分の齢が否応なく重なると、だんだん体が思い通りにいかなくなる。死って急には来ないんですね。あっちこっちだんだんダメになっていくのがわかる。運動したりストレッチしたり、でも大きい目で見ると絶対勝てない。勝てる奴はいない。

 

深夜眠れずにそれを考えていて、見えたんですよ。

 

気づかなかったけれど、時間という、誰も勝てない巨大な流砂がずっとそこにあったのと、それに埋められてきた、自分の前に生きてきた、ものすごい数の人間たちの背中が見えました。すごい数だった。ずっとずっと先まで続いていました。今も抗ってる背中も見えた。半分埋もれてるけど....

 

もう怖くないです。だってみんな一緒だったんだ。

 

あとね。こんな美しい世界で、おもいきり足掻けたから、来世はなくても充分です。生まれてくることができてよかったです。何度ももうダメだって思ったけど、最初から大丈夫だったんだね。

マンケルは自分が認知症的になっていくのをひしひしと感じつつ書いていたと思うけど、彼の脚を埋めていっていた流砂を今私が足もとに感じてる。もし天国があって彼に会えたら背中をたたいてあげたいです。

 

何億回目かに桜の咲いた日に。

 

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エレガントあるいは蓋裏のアレ

若い時は無駄な気張りがあるので、なんとかなる。問題は今である。

 

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ヨーグルトの蓋の裏に残っているヨーグルトは、特別おいしい。本当かわからないがそう思える。水気が抜けているからかもしれない。問題はここの食べ方である。

左手で容器を押さえて右で蓋をめくる。ちょうど目の前に蓋の裏が来る。

はい、ここで容器を置いて、蓋を左手に持ち替えて、お匙を右手で取って、丁寧に擦りとって......
とは行かずに口に蓋を持っていきたい。

理由1 垂れこぼれの心配

理由2 無駄なくヨーグルトが口に入る

というのは言い訳で単に面倒くさい。しかし蓋を舐めながら内心はこの姿に抵抗がある。美しくない。

昔新年の誓いに、蓋を舐めないというのをやった。大抵の誓いは忘れるが、これは365日きっちりやった。やり終えて正直、やり通した意味がわからないと思った。誰も見てはいないし、やればできる自分を証明しただけだった。

 

知りたいのは一点だけだ。

優雅な人間が優雅でいられるのは人前だけ優雅にしているのか、それとも24時間内心の優雅を貫いているのか?それとも優雅な人間は優雅でいるための努力なんてもともといらないのか?

 

歳をとれば取るほど蓋を舐めてる自分は見苦しいだろう。苦悶は続く。

 

いやそもそも優雅な人間は蓋のヨーグルトなんて取らないのか。

 

えすえむ

人間の心の奥底に

自分のコントロールを放棄したい欲望はないだろうか

自分はある

特に若い時は激しかった

 

Mっぽい中に

そういうもんがないのですかね?

というか

たいていのエロコンテンツに

社会的な繋がりの中で

相手の人格を貶めたいという

密かな...でもないか....願いを見る

放棄したい人

放棄させたい人

 

それは邪悪さを纏っている

 

そしてその放棄は

最悪の自己放棄

自殺に底で繋がっている時も

あるんじゃないか 

 

そう生まれて初めて

ちょいとポルノっぽいものを

ある程度見たんですねw

 

人間は意外と

相手の肉体より

社会的な地位

その弱さとかに欲情してると思う

 

まだそこまでしか考えられないけど....

カウンセリング

こどもの時

とにかく泣く子だった

いやなことがたくさんあって

いやだと泣いた

 

担任にもらった年賀状にまで

泣かない子になろうって

書いてあった

 

大人になって

カラダをカチカチにして

スーパー強い子の

フリをすることを覚えた

 

マッチョだった

 

でもそれ 嘘だから

たくさん周りを傷つけた

自分でもどうしようもなくなって

カウンセリングに行った

 

先生の言うことは一つだけ

 

心を使え

 

そうしたらびっくり

なんか長いこと傷ついてたらしい

周りはもっとだろうけど

傷ついても傷ついたのを

絶対認めないって

毒なんですね

 

我慢しろって

いやな言葉だね

 

 

カルト

 

母方の一族は全員

同じ宗教団体にいる。

その宗教団体のことはよくわからないけれど

母の家族は小さなカルトだった。

 

祖母は18歳くらいから

ずっとそこで尽くして

小さなおばあさんになった。

晩年お腹がずっと痛かったけれど

誰にも言わなかった。

 

神様の考えだと

思ったんじゃなかろうかと思う。

薬草茶を黙って飲んでいた。

 

亡くなる1ヶ月くらい前から

やたらと人に物をくれてた

ブラウスから鍋まで。

 

それで結局

ガンでもなんでもなかったのに

あっけなく医療ミスで亡くなった。

 

何が言いたかったか忘れた。